最新のはずのWindows 11搭載PCから、突如として20年近く前の懐かしいメロディが流れ出したとしたら、あなたはどう思うだろうか。それは幽霊の仕業でも、ハッカーのいたずらでもない。Microsoftが開発中のプレビュー版OSで発生した、何とも奇妙で、しかし多くの古参ユーザーの郷愁を誘う「バグ」なのである。この一件は、奇しくもAppleの新デザインを巡る論争と交差し、テクノロジー業界における過去と現在の不思議な対話を浮かび上がらせている。
過去からの予期せぬ訪問者：Windows 11に鳴り響くVistaの調べ
この奇妙な現象が最初に報告されたのは、2025年6月14日前後。Windows Insider Programに参加し、最新のプレビュービルドを試用しているテスターたちの間で、「PCを起動すると、Windows 11のものではなく、Windows Vistaの起動音が再生される」という報告が相次いだ。
影響が確認されたのは、DevチャネルおよびBetaチャネルで配布された「Windows 11 Insider Preview Build 26200.5651」とその周辺ビルドである。Windows Insider Programは、熱心なユーザーが開発中の次期Windowsを先行体験し、フィードバックを提供するためのプログラムだ。いわば、製品版リリースの前にバグを発見し、品質を高めるための最前線である。
著名なWindowsウォッチャーであるXenoPanther氏などがX（旧Twitter）で指摘したところによると、この現象は単なる音声設定の不具合ではないようだ。システム内部のimageres.dllというファイルに含まれる起動音の音声ファイル（.WAV形式）そのものが、Windows 11用のものから、かつてWindows VistaやWindows 7で使われていたものに置き換えられていたという。誰かが意図的に、あるいは誤って、古い音声ファイルを新しいビルドに紛れ込ませてしまったと考えられる。
多くのユーザーにとって、この音は強烈な懐かしさを伴う体験だったことだろう。特にWindows Vistaは、その革新的なデザインと野心的な機能にもかかわらず、パフォーマンス問題などで厳しい評価を受けたOSとして記憶されている。しかし、その起動音は、これから始まる新しいコンピューティング体験への期待感を抱かせる、荘厳で美しいメロディとして多くの人の記憶に刻まれている。
Microsoftの公式見解：「楽しい過去からの爆風」はただのバグ
この予期せぬ「復刻」に、コミュニティは騒然となった。これはMicrosoftによる意図的なイースターエッグ（隠し機能）なのか、それとも単なるミスなのか。憶測が飛び交う中、Microsoftは迅速に事態を認め、公式な見解を示した。
Windows Insider Programチームは、最新ビルドのリリースノートに次のような一文を追記した。
「今週のフライトには、楽しい過去からの爆風が付属しており、Windows 11の起動音の代わりにWindows Vistaの起動音が再生されます。我々は修正に取り組んでいます。」
(This week’s flight comes with a delightful blast from the past and will play the Windows Vista boot sound instead of the Windows 11 boot sound. We’re working on a fix.)
このユーモアを交えた表現は、深刻なセキュリティ問題などではないことを示唆しつつ、バグであることを明確に認めるものだ。
さらに、Windows Insider ProgramチームのシニアプログラムマネージャーであるBrandon LeBlanc氏は、Xでのユーザーとのやり取りの中で、この件について言及。当初は「Windowsのサウンドファイルで少し遊んでみたんだ。みんな過去からの爆風が必要だと思ってね」とジョークを飛ばしたが、ユーザーが本気か冗談か判断に迷うと見るや、すぐに「これは実際のバグです」と明言し、意図的なものではないことを正式に認めた。
なぜ今Vistaなのか？ Appleの新デザインが呼び覚ました記憶
このバグが単なる技術的な珍事で終わらなかったのは、その発生タイミングがあまりにも絶妙だったからだ。実はこの数日前、テクノロジー業界ではWindows Vistaが予期せぬ形で再び脚光を浴びていたのである。
きっかけは、Appleが世界開発者会議（WWDC）で発表した次期macOS「Tahoe」の新デザイン「Liquid Glass」だ。このデザインは、ウィンドウの境界線やUI要素に、すりガラスのような半透明効果を多用するもので、多くの人が即座にWindows Vista（およびWindows 7）の象徴的なデザイン「Aero Glass」を想起した。
これに対し、Microsoft自身も黙ってはいなかった。同社は公式SNSアカウントで「Just leaving some Liquid Glass here（ここにリキッドグラスを置いておくよ）」というコメントと共に、Windows VistaのAero Glassの画像を投稿。暗にAppleの新デザインが自社の過去の遺産に酷似していることを皮肉ったのだ。
この一連の出来事があった直後に、Windows 11のプレビュー版でVistaの起動音が鳴り響くというバグが発生した。この偶然の一致は、単なる偶然と片付けるにはあまりにも出来すぎている。まるで、テクノロジー史のゴーストが、現代の巨人たちの競争を背景に、ささやかな悪戯を仕掛けたかのようだ。
もちろん、LeBlanc氏が言うように、これは意図せざるバグなのだろう。しかし、Appleの新デザインがVistaを再び人々の意識に呼び戻し、その直後にVistaの「魂」とも言える起動音が蘇ったという事実は、このバグに物語性を与え、多くの人々の興味を掻き立てる結果となった。
バグが照らし出すテクノロジーの物語
この「Vista起動音バグ」は、近いうちに修正され、Windows 11のプレビュービルドは再び本来の静かな、あるいは現代的な起動音を取り戻すだろう。しかし、この短い期間に起きた珍事は、我々にいくつかの興味深い視点を提供してくれた。
第一に、ユーザー体験における「音」の重要性だ。たった数秒の起動音がいかに強く人々の記憶と感情に結びついているか、そしてそれがノスタルジーという形でいかにパワフルな体験を生み出すかを改めて示した。
第二に、テクノロジー史の循環と継承である。Aero GlassにインスパイアされたかのようなLiquid Glassの登場と、今回のバグは、かつての革新が形を変えて現代に蘇るという、テクノロジーデザインの歴史のダイナミズムを象徴している。良きアイデアは、たとえ一度は忘れ去られても、再び誰かによって見出され、再解釈されるのだ。
そして最後に、巨大企業が見せる人間的な側面である。厳格な品質管理の下で進められるはずの開発プロセスで起きる、こうした「人間臭い」ミス。そしてそれに対する、ユーモアを交えた迅速なコミュニケーション。これらは、冷たく無機質に見えがちな巨大テクノロジー企業の裏側にある、生身の開発者たちの姿を垣間見せてくれる。
結局のところ、このバグの原因が、あるエンジニアのノスタルジアに起因するうっかりミスだったのか、あるいは単なるファイル管理上の事故だったのかは不明のままだ。しかし、その原因が何であれ、この一件は、テクノロジーが単なるコードやハードウェアの集合体ではなく、人々の記憶、歴史、そして時には予期せぬ偶然が織りなす、魅力的な物語であることを我々に思い出させてくれたと言えるだろう。
Sources
