長年、Macユーザーが直面してきたパフォーマンス上の課題が、ついに解消される見込みだ。世界最大のPCゲームプラットフォームであるSteamが、Appleシリコン(Mシリーズチップ)にネイティブ対応したベータ版を公開した。
この変化は、優秀な同時通訳を介して行われていた国際会議が、全員が共通言語で話せるようになった状況に例えられる。これまでは「Rosetta 2」という名の通訳が必須であったが、今後は不要となる。その結果、アプリの起動から操作まで、あらゆる体験がより速く、よりスムーズになるのだ。
本記事では、今回のアップデートが具体的に何を変えるのか、なぜこのタイミングで実現したのか、そして誰でも試せるベータ版の導入方法まで解説する。
何が変わったのか? – 「通訳」が不要になったMac版Steam
今回のアップデートの核心は、Steamが「Appleシリコンネイティブ」になった点にある。この「ネイティブ」が持つ意味は大きい。
これまでのSteam:優秀な通訳「Rosetta 2」との二人三脚
AppleがMacの頭脳(CPU)を、長年採用してきたIntel製から自社設計の「Appleシリコン(M1, M2, M3など)」へ切り替えた際、一つの大きな技術的課題が生まれた。それは、Intelのアーキテクチャに合わせて作られた既存のアプリが、新しいAppleシリコン上ではそのまま動作しないという問題である。
この課題を解決するためにAppleが用意したのが、「Rosetta 2」という極めて優秀な翻訳ソフトウェアだ。これは、Intel向けアプリの命令を、Appleシリコンが理解できる言葉にリアルタイムで翻訳する、いわば”同時通訳”の役割を果たす。
Rosetta 2の存在により、ユーザーはAppleシリコン Macでも多くの既存アプリを支障なく使用できていた。しかし、どれだけ優秀な通訳でも、介在することによるわずかな遅延やエネルギーのロスは避けられない。特にSteamのように、内部でWebブラウザと同じ技術(Chromium)を多用するアプリケーションでは、そのオーバーヘッドが”もっさり感”として体感されやすかった。
新しいSteam:直接対話で生まれる軽快なパフォーマンス
今回のベータ版アップデートにより、SteamはついにAppleシリコンが直接理解できる言語で構築された。通訳(Rosetta 2)を介さず、ネイティブの命令で直接ハードウェアと対話できるようになったのである。
これにより、以下のような劇的な改善が報告されている。
- 起動の高速化: アプリケーションの起動時間が大幅に短縮される。
- UIのレスポンス向上: ストアページのスクロールやライブラリのタブ切り替えといった日常的な操作が、顕著に滑らかになる。
- 全体的な快適性の向上: これまで感じられたわずかな引っかかりや遅延が解消され、ストレスのない操作性を実現する。
実際に、YouTubeチャンネル「Andrew Tsai」が公開した比較動画では、ネイティブ版がいかに軽快に動作するかが客観的に示されている。これは単なる微調整ではなく、根本的なアーキテクチャの変更によってもたらされた、本質的な進化と言えるだろう。
なぜ今? – Appleが示す「未来への道筋」とタイムリミット
この重要なアップデートが、なぜこのタイミングで提供されたのか。その背景には、Appleが示すMacプラットフォームの将来像が大きく関係している。
Appleは、旧来のアーキテクチャ(Intel Mac)から新アーキテクチャ(Appleシリコン Mac)への完全な移行を推進しており、その移行計画には明確なタイムリミットが設定されつつある。
- Intel Macのサポート縮小: Appleは、次期メジャーアップデート「macOS Tahoe」を最後に、Intel Mac向けの大きな機能更新を終了すると発表した。
- Rosetta 2の役割終了: さらに、汎用ツールとしてのRosetta 2の提供も、「macOS 27」をもって終了する方針が示されている(ただし、一部の古いゲームを動かすための限定的な機能は残る見込み)。
これは、「いつまでも通訳に依存するべきではない」という明確なメッセージが、Appleからすべての開発者に向けて発せられたことを意味する。この流れを受け、Valve(Steamの開発元)は、将来にわたってMacユーザーに最高のゲーミング体験を提供し続けるため、ネイティブ対応という大きな一歩を踏み出したのである。
新しいSteamを早く体験する方法
この新たなSteam体験は、簡単な手順で誰でもすぐに試すことが可能だ。以下の手順に従って、ベータ版を導入できる。

- MacでSteamアプリを開く。
- 画面左上のメニューバーから「Steam」をクリックし、「設定」(または「Settings」)を選択する。
- 開いたウィンドウの左側メニューから「インターフェース」(または「Interface」)を選ぶ。
- 「クライアントベータへの参加」という項目を見つけ、ドロップダウンメニューから「Steam Beta Update」を選択する。
- Steamの再起動を促されるので、指示に従って再起動する。約230MBのアップデートがダウンロードされ、インストールが完了する。
正しくネイティブ版として動作しているか確認するには、Macの「アクティビティモニタ」アプリを開くとよい。プロセス一覧の中から「Steam」を探し、「種類」の列が「Apple」になっていれば、ネイティブ対応版が正常に動作している証拠だ。
このアップデートは、単なるパフォーマンスの改善にとどまらない。Appleシリコンという新しい大地に、Steamが本格的に根を下ろしたことを示すものである。これにより、Macでのゲーミングは新たな章を迎え、将来的にはさらに多くの可能性が拓かれるだろう。これは、Macゲーマーにとって間違いなく歴史的な前進だ。
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